傘を解析する

傘の進化に活かされているバイオミメティクス(バイオミミクリー)

バイオミメティクスとは、生物の構造や機能、生産プロセスなどからアイデアをもらって、新しい技術の開発やものづくりに活かそうとする科学技術のことです。
ナイロン(1935年、アメリカの化学者ウォーレス・カロザースが絹糸を模倣することで誕生した合成繊維)やマジックテープ(スイス人の発明家が1941年にアルプスをハイキングしている時に、キク科の雑草オナモミがソックスや犬の毛に執拗にくっついて悩まされたことにヒント)なども古くからあるバイオミメティクスの一つですが、ナノテクノロジーなど科学が発展することで新技術が開発されていく近年注目の分野になります。
1990年代に電子顕微鏡が普及し、マイクロメートル(1/1000mm)やナノメートル(1/100万mm)という微細な領域で生物のもつ構造を観察することが可能となったことから始まります。
そこで、傘の技術開発に関係する、もしくは関連しそうなバイオミメティクスについて紹介します。

その1 水をはじく生地、滑らせる生地

傘にとって水をはじく生地は、雨で手を濡らさなかったり周りの人に触れて迷惑にならないなど大切な要素となります。
ヴィルヘルム・バルトロットというボン大学の植物学者が発見したのは、ハスの葉の撥水性と自浄機能でした。天然のハスの葉は沼や池を好んで生育していますが、水滴や泥がついても汚れることはありません。そこで葉の表面形状を詳しく観測すると、葉表面は直径10マイクロメートルの凹凸で埋め尽くされ、その凸の表面も直径0.1~0.2マイクロメートルの植物ワックスの針で覆われていました。この構造のおかげで、落ちてきた水滴は表面張力によって丸い玉の形のまま、滑り落ちていきます。これをロータス効果と名付けました。
こうして解明されたロータス効果はナノテクノロジー研究者によって再現され、外壁材の塗料や、ビニールハウスなどの屋根、ヨーグルトのふた、傘などの布の加工など、多岐に渡って使用されています。

撥水作用のある生地の紹介(各製品ページより引用・抜粋)

帝人フロンティア(株) マイクロフト レクタス(福井洋傘 ヌレンザに使用)

マイクロファイバーを使った高密度織物です。緻密構造により、相反する“防水・透湿”機能を実現しました。更に、“吸汗”・“制電”・“ストレッチ”などの様々なタイプがあります。
蓮(ハス)の葉の表面は、水滴がこぼれ落ちるといった、超撥水性を示します。その微細な凹凸構造を模倣し、マイクロファイバーで空気の層を作るような織り方によって、超撥水布地「マイクロフト レクタス」を考案し、傘やゴルフウェアに実用化されました。水に濡れても、サッと振れば水滴が落ちていきます。
マイクロフト https://www2.teijin-frontier.com/product/post/65/


レクタス https://www2.teijin-frontier.com/product/post/81/
帝人フロンティア(株) ウォーターバリア(ウオーターフロントで使用)

傘地素材「ウォーターバリア®」は、帝人グループが世界に先駆けて開発した蓮の葉構造を持つポリエステル素材の技術を応用しており、蓮の葉のような微細な突起があり、その間にある空気の層が表面張力を生み、水滴を浮かび上がらせます。そのため傘に付着した水滴は丸い形状となり、コロコロと生地の上を転がります。そのため「ウォーターバリア®」を用いた新商品は、雨天時に使用した後、一振りで水滴が切れるため、常にカラリとした状態を保つことができ、使った人にこれまでにない快適性を提供します。
https://www2.teijin-frontier.com/news/old/150226.html

ユニチカ レインバリア

日本の誇る繊維メーカー“ユニチカ”が開発した強力撥水加工生地=レインバリア。
マイクロファイバーを使用し高密度に織り上げた素材は、水滴が球状になって傘生地の表面を転がります。またシルクの様なソフトな風合いと驚きの軽さが特徴です。
レインバリアは撥水加工技術を駆使しノンコーティング透湿防水素材の撥水生地で、レクタスのロータス効果同等の撥水効果があり水滴は球状になって傘生地の表面を転がります。
又、皮脂や汚れによる表面の微細構造の破壊が無い限り耐水性を一定期間維持します。
レインバリアは防水&撥水力さらに耐水性を極めた、傘生地の最先端で新合繊を独自の技術により織り上げました。水切れが良く、室内外問わず素早く乾きます。 シルクのようなマイクロファイバーのソフトな味わいのある風合いが特徴です。
https://ramuda-1946.com/products/313101

小松マテーレ〈旧:小松精練〉(株)  ダントツ撥水(ワールドパーティー アンヌレラで使用)

雨粒がすぐに玉となって、傘地を滑り落ちます。JIS の「はっ水度試験(スプレー試験)」で撥水度5等級という最高水準の撥水性が証明されています。
㈱ワールドパーティーと共同で開発した新素材「高密度繊維」を使用しています。
アンヌレラは、小松マテーレが開発した超耐久撥水加工『ダントツ撥水』を採用。防水性の高い超高密度繊維に『ダントツ撥水』をかけ合わせることで、他に類を見ない最高水準の撥水力を実現しました。
https://www.komatsumatere.co.jp/fashion/dantotsu/

水を滑らせる生地

帝人フロンティア(株)  MINOTECH® ミノテック®(TEIJIN MEN'S SHOP 【MINO TECH(R)(ミノテック)】使用 ジャンプ傘)

水を「はじく」から「滑らせる」発想を得た撥水ファブリック
稲から作られる日本古来の雨具「蓑(ミノ)」。この蓑の「水を滑らせ、雨をよける」構造から発想を得て、布帛の表面にマイクロガーター構造を付与することで、(経方向に水滴を流す構造、緯方向に水滴の表面張力を低減するための凸構造を配した)、水を滑らせ雨を避ける素材です。
蓑は、イネの葉などから作られていますが、イネの葉には、微細な凹凸が無数にあり、表面に着いた水滴を葉の軸方向に速やかに流れ落とします。「ミノテック」は、生地表面の縦方向に水滴を流す構造、横方向に水滴の表面張力を低減するための凸構造を配したマイクロガーター構造をもっており、イネが持つ撥水メカニズムを繊維で再現することで、水滴を滑らせ、雨を避けます。
https://www2.teijin-frontier.com/product/post/96/

撥水についてはこれまでもフッ素でコーティングすることを行ってきました。
それにより生地面に「撥水基(はっすいき)」と呼ばれる分子レベルの細かい突起物をたくさん作り、水滴をはじかせることになります。撥水基は目に見えませんが、細かい産毛のように並んでおり、撥水基が立っている状態であれば水滴は水の持つ表面張力が勝り、玉状になって流れ落ちていきます。これもロータス効果となります。

しかし、汚れが付着したり、生地同士が摩擦を受けたりすることによって、撥水基が倒れていくと撥水効果が弱くなっていきます。
撥水効果を復活させる方法としてドライヤーなどで熱を加えると、この撥水基が起き上がります。ただし使っているうちにコーティングがはがれていきますので3,4年で撥水効果はなくなっていくといわれています。

その2 すべらない手元

カエルの足からのインスピレーション:
カエルの足は、湿った表面でもしっかりとグリップすることができます。カエルとキリギリスの足裏にはそれぞれハチの巣のような六角形模様の微細構造があり、カエルの足にはぬれた接触面をグリップする機能、キリギリスの足には接触面と引っかかったり滑りすぎたりせずに一様の摩擦を生じる機能があるとのこと。
この特徴を模倣して、傘のグリップ部分に滑りにくく、湿った手でも握りやすい素材を使用することができます。https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/news/18/12851/

その3 折りたたみ傘の生地と骨に

テントウムシが柔らかい「後ろ羽」を折り畳んで、硬い「さや羽」の中に収納するメカニズムを解明したと、東京大学などが2017年5月16日に発表した。
「硬いパーツをジョイントでつないで作る人工的な機構とは異なり、フレームの部分的な柔軟性が巧みに利用されている」と指摘。これらの仕組みは、人工衛星のアンテナ、傘や扇子などの展開方法の改善に生かせるとのこと。
https://www.gizmodo.jp/2017/05/ladybugs-wings-might-change-the-structure-of-that-umbrella.html

https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/a_00586.html

昆虫界の“最難”折りたたみ:ハネカクシの翅の隠し方を解明 ハイスピードカメラによる折りたたみ方法の解析
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/a_00326.html

今まで以上にワイドな折りたたみ傘がコンパクトに収まるとなると、通勤・通学や旅行のときの持ち運びがとっても楽になりますね。

その4 日傘の裏地として

光を反射しないことで知られる“ガの眼”(モスアイ)の構造を、ブラックフォーマルの生地に応用したとのこと。
繊維の表面にナノ構造の陥没を付けることで、安っぽいテカリを押さえ、深みのある黒い色が出ている。なお三菱レイヨン(株)と(財)神奈川科学アカデミーが、「モスアイ型の無反射フィルム」を開発している。
モスアイの構造とは、ナノサイズ(100~200nm)の凹凸構造が特徴。 原理的には、この微細な凹凸が外光の屈折率を連続的に変化させ、反射を起こす界面をなくすことで低反射を実現しているのだということです。
日傘に使用することで、深みのある黒というデザイン面とともに実際に日光の反射を防ぐことでUVケアが強化されるのではないでしょうか。

蛾の眼を模倣した高性能反射防止フィルムの開発
https://www.ipaj.org/bulletin/pdfs/JIPAJ13-2PDF/13-2_p043-049.pdf

まとめ

「もっとこうなればいいのに」という理想に対して、科学技術の進歩により実現されていく方法の一つとしてバイオミメティクスがあると思います。

傘における「もっとこうなればいいのに」という理想に対して、生物から何か似たような状態が連想できれば理想が実現できるかもしれません。最先端の研究者でなくても何気なく目にしている生物の生態がヒントになる可能性があります。ぜひあなたのアイデアを形にしてみませんか。